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「デジタルネイティブ」が社会の一線に躍り出るとき、デジタルマーケティングはどう変わるのか?

ザッカーバーグの最年少記録を塗り替えたのは、21歳の女性、カイリー・ジェンナー

アメリカの経済誌「フォーブス」が世界長者番付「The World’s Billionaires」の2019年版を発表しました。今、世界一の大金持ちは、米Amzon.comのジェフベゾスです。

2019年版では、保有資産額10億ドル以上のビリオネアは2,153人。その中で21歳のカイリー・ジェンナー(Kylie Jenner)が史上最年少で初のランキング入りを果たしました。これまでの最年少記録はフェイスブックのマーク・ザッカーバーグの23歳(2008年)だったので、ザッカーバーグの持つ記録をカイリーが塗り替えたことになります。

カイリー・ジェンナーは大人気のコスメブランド「カイリー・コスメティクス」を18歳で立ち上げ、たったの18ヶ月で売上高4億2000万ドル(約462億円)を達成しました。彼女は、短期間のうちに、若い女性たちに大人気の化粧品ブランドを育て上げたということになります。

カイリー・コスメティクスの成功の裏には、ソーシャルメディアの存在が大きく影響しています。彼女は元々セレブの家に生まれ、小さい頃からテレビに出演したり、モデルとして活動するなど、すでに有名人でした。そんな彼女のInstagramのフォロワー数は、1億2,170万人(2018年)。

彼女自身が、「ソーシャルメディアは素晴らしいプラットフォーム。本当に簡単にファンや顧客にアクセスできるんだもの」と語っている通り、ソーシャルメディアとそれによるトレンド・セッティングが、彼女のビジネスのほとんど全てと言ってもいいでしょう。

Instagram、twitter、Snapchatなどの既存のSNSに加え、自身のアプリをリリースしたり、有料のWebサイトを運営したりして、デジタルメディアを駆使している彼女。カイリー・ジェンナーはミレニアル世代を代表するデジタルネイティブなインフルエンサーと言えるでしょう。

ミレニアル世代が社会の第一線に躍り出す

ミレニアル世代とは、西暦2000年代に米国で成人、あるいは社会人になる世代を指し、1980年〜2000年に生まれた人々のことを言います。社会に出るか出ないかの頃に、世界経済の転換点となった「リーマンショック」に遭遇し、それまでとは大きく違う価値観や経済感覚、職業観を持っています。

米国のミレニアル世代を研究している「Global Millennial lab」によれば、その人口ボリュームはベビーブーマーの7400万人を超え、1億人と言われています。この世代のデモグラフィック的な特徴を、2015年の米国勢調査局の発表から見てみると、アメリカのこれまでのどの世代と比べても白人人口が少なく、アフリカ系、ヒスパニック系、アジア系など非白人系民族に属する人が全体の44.2%に達し民族的に多様になってきています。

前述のように、2000年代初頭の「ITバブル崩壊」、2008年の「リーマンショック」に遭遇し、とりわけ厳しい経済環境のあおりを受けた世代で、若年期の頃の失業率が高く、晩婚化や親との同居率がアメリカの歴史上最も高い世代となっています。

その特徴を「Global Millennial lab」の分析から紹介すると…
・デジタルネイティブである
・健康志向が高い
・90%がSNSの推薦を信頼している
・広告を信頼しない
・社会貢献や自然保護を支持している
・物よりも体験に価値を見いだす
・ブランドとの関係構築は必須
・異文化への興味が高い
・ミレニアル世代の半分は独身(ただし、結婚する気はある)
・可処分所得が高い(世帯年収はおよそ8万ドル)

特に、「生まれたときから身の回りにデジタル機器が存在していた『デジタルネイティブ』である」というのが彼らの大きな特徴です。彼らは10代の頃から恵まれた情報通信や、急速に普及したデジタル機器の恩恵を受けて、欲しい情報をすぐに得られる環境で育ってきています。SNSなどを通じて、友人との共感を重視したコミュニケーションが定着しているのもこの世代の特徴で、モノよりも経験を重視し、広告よりもSNSを介した口コミを重視しています。

2030年代の半ばにはミレニアル世代に属する全ての人が40歳を超え、社会の中核になっていく事から考えてみても、彼らの価値観がこれからの社会の新たなトレンドになって行くのではないでしょうか。つまり、従来のマーケティングが通用しない人々が社会の第一線に躍り出て、消費生活をリードする存在になって行くのです。

インターネットを介したビジネスモデルが大きく変わる

かつてインターネットのビジネスが立ち上がってきた2000年代。元ワイアードの編集長のクリス・アンダーソンが、インターネット時代のビジネスの変化や在り方を洞察し、「ロングテール」「フリーミアム」などの新たなビジネスモデルのコンセプトを紹介することで、来たるべき社会とビジネスについての多くの示唆を提供しています。

特にその頃のIT企業に多大な影響を与えたのが、クリス・アンダーセンの著書「フリー <無料>からお金を生み出す新戦略」で紹介された「フリーミアム」というコンセプトです。「フリーミアム」とは、「フリー」(無料)と「プレミアム」(割り増し)という2つの面を組み合わせて作られた造語で、Web2.0を標榜するIT企業に強く支持されました。

「フリームアム」のビジネスモデルについては、ベンチャー投資家のフレッド・ウィルソンによって明確に示されています。引用すると…
「サービスを無料で提供し、場合によっては広告収入で支え、口コミ、紹介ネットワーク、有機的な検索マーケティングなどで非常に効率的に多数の顧客を獲得し、そして、顧客基盤に対して付加価値サービスや強化版サービスを割増価格で提供する事。」
とあります。

このビジネスモデルによってインターネットのビジネスが大きく飛躍します。Google、Twitter、Facebook、Instagramなどの企業は無料のサービスプロダクトによって大勢の人を集め、広告モデルでマネタイズに成功し、SlackやChatworkなどは無料で基本機能を提供し、高度な機能や付加機能を有料化することでマネタイズに成功しています。

このビジネスモデルの核となるのは、「サービスプロダクト」です。その魅力度によって人を集められるかが決まってきます。まさにプロダクトありきで「プロダクト・ファースト」のビジネスモデルと言えるでしょう。そうなるとプロダクトの開発資金や無料サービスを提供するための運用資金が莫大にかかります。大手のIT企業は莫大な赤字をものともしないほど資金を調達することがこれまでの常でした。例えばYoutubeやTwitterなどは、黒字化するまでに長い年月を要したのは、皆さんの記憶にも新しいと思います。

「プロダクト・ファースト」から「エンゲージメント・ファースト」へ

ところが、冒頭のカイリー・ジェンナーをはじめとするデジタルネイティブのインフルエンサーたちは、SNSを通じて、最初に多くの人々とつながり、信頼関係を築くところからスタートしています。彼らがこの基盤を通してビジネスを始めるとすると、彼らのビジネスモデルは「エンゲージメント・ファースト」と言えるでしょう。

「プロダクト・ファースト」を追求する企業が、多数のエンジニアの労働によってプロダクトを開発するのに対し、カイリーを始めとするデジタルネイティブのインフルエンサーが追求する「エンゲージメント・ファースト」では、スマホ一つでフォロワーからの共感を得て、その基盤を作り上げるのです。

カイリー・ジェンナーは、自分とのエンゲージメントが確立した人々に向けて、化粧品というプロダクトを提供します。フォーブスの記事によると、彼女の会社はわずか7人のフルタイム従業員と5人のパートタイム従業員からなり、製造や包装、梱包は近隣の街にあるメーカーに委託。販売や受注、注文管理はECプラットフォームの「ショッピファイ」を使ったオンラインと、リアルな販売はイベント的にポップアップストアで展開しているとのことで、驚くほどコストがかかっていません。

特に彼女のビジネスが立ち上がる時のエピソードとしては、最初の商品として15,000セットの「リップキット」を製造。Instagram上で数ヶ月かけてその存在をちらつかせ、発売はわずか1日前にSNSに発表。販売開始から1分もかからずに完売したそうです。

彼女は自分とのエンゲージメントが確立した人々に向けて、化粧品というプロダクトを提供して成功していますが、きっと、「ファッション」や「オーガニック・フード」でも成功したに違いありません。

彼女のビジネスといわゆるIT企業のビジネスを比較すること自体どうなのよ、とも思いますが、あらゆる業態がデジタルと切り離せなくなった現在、ビジネスモデルの主流は「プロダクト・ファースト」から「エンゲージメント・ファースト」へと移ることでしょう。今後、デジタルネイティブであるミレニアル世代が社会の第一線へ躍り出る時代を迎え、デジタルマーケティングのパラダイムは大きく変わっていくのではないでしょうか。

初出:メタアーク 2019.04

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